今まで述べてきたように、私たちの遺伝子配列は、両親から受け継いだ固有の配列、つまり先天的な「体質」を持っています。
たとえば第4話でお話した「メタボ症候群」と肥満との関連については、多くの論文が報告されていますが、要約すると、メタボ症候群に表れるいろいろの症候について、内臓に脂肪が溜まってくる「内臓脂肪蓄積」がそれらの主たる原因と考えられています。
人類はその長い進化の過程で、絶えず飢餓状態を経験したため、食べ物が得られるときに出来るだけ多く摂取して、そのエネルギーを内臓脂肪細胞に蓄えるというシステムを獲得し、それが遺伝的に継承されて、今の人間になったと考えられています。
一方、現代においては、多くの先進国では食料がふんだんにあり、人々は自分の好きなものだけを食べる、いわゆる飽食の時代になってきました。 このような飽食の時代では、私たちの先祖が長い間に獲得した「エネルギーを内臓脂肪に蓄える」という素晴らしい保存システムが逆に現代人にとって不利なになってきたのです。 つまり、私たちの先祖の獲得したエネルギー保存システムは、今や「メタボ症候群」の引き金となってしまったのです。 |
また、人間の進化の過程で、人種や生活環境による遺伝的な変異も起こり、今の私たち現代人は、先祖から受け継いだ様々な遺伝子多型を示すようになってきました。
その中でも、肥満関連遺伝子多型においては、その違いによって、各個人に必要な最低エネルギー(安静時代謝量)が異なることが分かっています。
つまり、ある人は沢山食べても太りにくい、またある人は食事を減らしても太りやすいという違いが出てくるのです。従って、メタボ症候群の生活指導のためには、個人の体質に合った指導をすることが必要となり、そのためには、私たち個人が持つ体質つまり、遺伝子多型を調べて、その遺伝的特徴を把握し、これらの遺伝的特徴に合った総合的な指導をすることが不可欠であると考えられます。
このように、私たちそれぞれの個人的体質を明らかにする手段として、それぞれの個人の遺伝子多型を調べ、その情報に基づいて診断をする必要性が高まってきました。
一般に遺伝子多型に限らず、遺伝子配列を調べることを「遺伝子検査」と呼び、また、この検査結果に基づいて診断を行うことを「遺伝子診断」と呼びます。
遺伝子検査は今まで述べた肥満関連遺伝子だけでなく、遺伝病検査、親子鑑定、法医学検査、感染症など、広く応用が広がっています。 たとえば、昨年流行した新型インフルエンザは特定の遺伝子配列を持つウイルスが原因であり、この判定のために遺伝子検査が使われました。
それでは遺伝子検査が実際に行われている具体例について、少しお話しましょう。
まず、遺伝子検査は大きく分けて以下の3つになります。
この中で、①の個人の遺伝子配列や特定の遺伝子多型などを調べる場合はこれらの検査の結果が重要な個人情報として保護される必要があり、またその検査の実施に際して十分な個人への説明と同意(インフォームドコンセント)が必要となります。①の例としては特定の遺伝子が関与する遺伝病の検査があります。 これは特定の遺伝子の欠損や配列異常などにより、遺伝的な疾患が起こることがすでに確定されている場合に、こうした遺伝子病の可能性を判断するために実施されています。
②の例としては、HIVウイルスによるエイズ検査がこれにあたります。この場合においても、遺伝子検査を行った結果は個人情報として保護されることが不可欠であり、①と同様の十分なインフォームドコンセントが必要と考えられます。 このように人に対する遺伝子検査は単なる技術的な問題だけでなく、個人情報の保護や社会的倫理が必要となり、検査の実施や情報の保護について慎重な対応が望まれます。
③の例としては、遺伝子組み換え植物の検査がこれにあたります。代表的な例としては豆腐や納豆などに使われる大豆について、これが遺伝子組み換え植物ではないという証明をするために、大豆の遺伝子組み換えに特徴的な遺伝子配列を検出する遺伝子検査が行われています。
次に遺伝子検査を行う方法についてご説明しましょう。 一般に用いられている代表的な遺伝子検査の方法は次の3つの工程から成り立っています。
まず、遺伝子検査を行う対象が人である場合、採取するサンプルは 体液(血液、口腔粘膜、尿、など)や体組織(爪、毛髪、臓器標本など)ですが、いずれのサンプルについても最初の工程はこれらのサンプルからDNAを抽出・精製することです。 この工程は、現在では簡易な装置による自動化が可能となり、これらの自動装置を用いてDNAを抽出・精製することが出来ます。
つぎにこうして精製されたDNAはそのままでは解析に必要な量に満たないので、これを増幅して解析のために十分な量を得るための増幅工程が必要となります。現在最も一般的な増幅法としては PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応)が知られています。PCR法はヒトゲノムのような長大なDNAの中から、必要な配列を含む一定の長さのDNAを酵素によって切り出し、増幅するものです。
最後の工程はこの増幅されたDNAを検出・解析する工程です。この工程では、一般に蛍光染色などの方法によりラベル化されたDNAを光学的測定により検出する方法が用いられています。 これらの3つの工程それぞれについて、自動化された装置がすでに開発され、実用化されていますが、最近ではDNA増幅と検出をひとつの装置で行うことが出来るようなシステムも開発されました。 |